面白かった
藤本ひとみの歴史小説作品において 身分出自などの「自分ではどうしようもないもの」に抗おうとする 葛藤と挑戦というのが、鮮烈に浮かび上がってくるパターンが多いが、 この作品のノストラダムスも 「カトリックに改宗したユダヤ人」という出自を背負っている。改宗しても受け入れてもらえないユダヤ人というもの、 当時の預言者の実態、ノストラダムスの一人の人間としての顔など、 面白かった。 ただ、「預言者ノストラダムス」から、こちらに改題されてよかったと思うのは やはり全体としては、カトリーヌ・ド・メディシスが主人公だからである。 王妃カトリーヌが夫に見捨てられて孤立無援の状態を、 いかに切り開くかを読み進めていくと、 歴史上の彼女のイメージが根本から覆されていく。 絶大な権力者で、血まみれの悪女で、愛のない母親。 なにゆえにそのような生涯を選択しなければならなかったのか、 なんだか理解できてしまう。 そのへんの感情描写のたたみかけかたが、この作者は上手い。 当時の宮廷作法や文化がうまく織り込まれることによって 愛人ディアーヌとの戦いの描写なども、なかなか面白かった。
繊細な心理描写が印象的・・
藤本ひとみの歴史小説はいわゆる大河ドラマ的骨太さよりも、主人公を中心とする繊細な心情描写が印象的だが、本作も同様。 16世紀、カソリックとプロテスタントとの確執が深刻な内政問題となっている時代のフランス宮廷が舞台。 ユダヤ人に対する迫害・差別を逃れるため、医術、占星術などの処世を身につけたノストラダムスと、正妃ながら王の愛情を得られない妃カトリーヌのふたりをメインに展開する。 ノストラダムスはカトリーヌに対して、彼女の夫にしてフランス王であるアンリ二世の死を予言する。カトリーヌは予言を王に告げず、王の死によって訪れるだろう勢力争いへの準備を始める・・・。 「1999年7の月・・」の予言で有名なノストラダムスだが、本作で描かれる大預言者の姿はイメージが大きく異なる(ついでに1999年の予言の新解釈も記載される)。家族思いの家庭人として描かれるノストラダムスが新鮮。政敵の敵は自分の味方とばかりに立ち回るカトリーヌ、王女の腹心として陰謀を担う部下アルベルトが印象的。ただ、王女が女官を組織して裏活動を行う「女官遊撃隊」の設定は、浮いていて違和感が残った。
ノストラダムスと王妃 上下巻
ノストラダムスの予言を解釈しようとした本の多さのわりに、人間としての彼を描いた小説は乏しかった。 彼は予言者、占星術師としての面が取りだたされていることが多いが、ペストにかかった人々の治療に功績のあった医師であり、石鹸や化粧水の製造方法を体得し、美容法や料理に通じた多芸多才な人物でもあった。 著者はそんな彼の多面的な技能を、カトリックに改宗したユダヤ人の家系に生まれた彼が、この世で名声を獲得し、かつ迫害されずに生き延びるための処世術の結果であるとし、その教義に反する世界観のゆえにこの世の理を見抜く力を持つ賢者となった・・・という新しいノストラダムス像を生き生きと描いている。 同時に悪名高いフランスの王妃カトリーヌ・ドゥ・メデシスを実に魅力的に描いている。彼女は野心家、策謀家であり、非情な面を持つ。しかし、本書では才気あふれ、凛々しく、健気でもある。読み進むうちにいつしか読者は彼女に声援を送らずに入られなくなる。 この二人のどのような手段を用いでも目的を果たそうとする野心がある。時代の波に飲み込まれようとする危機をこの二人の策略と機転で切り抜けていく様は、本書の読みどころであり、痛快である。 小説の面白さにはストーリの魅力と共に、登場人物の魅力が必要であるが、この2つがあいまって、読み手をぐいぐいと惹きつける。著者の数多い歴史小説の中でも、最高傑作の部類に入るものである。
集英社
ノストラダムスと王妃〈下〉 (集英社文庫) バスティーユの陰謀 (文春文庫) 皇帝ナポレオン〈下〉 (角川文庫) 皇帝ナポレオン〈上〉 (角川文庫) 貴腐 (文春文庫)
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